パパとママをえらんで、ボクはうまれてきたんだよ。
本の全国発売を間近に控え、ミツルさんが向かったのは東京都多摩市にある産婦人科、赤枝医院。12月に長女「湖子(ココ)ちゃん」のパパになったばかりの赤枝朋嘉院長先生のご自宅にて、新米パパの極意や普段は話せない男ゴコロについて、お二人にたっぷりお話していただきました。
今日は『男なら誰でも、良いパパになれる!』というテーマを設定させていただいたんですが・・・最初に、それぞれお二人のお父様はどんな方だったのかを教えていただけますか?
赤枝(以下"赤")「僕の父は、父親としては最低な父親で・・・」
ミツル(以下"ミ")「えぇー!?」
「いや、小さいときに離婚しているんで。今では同業者として客観的に見て立派な父親だと思っていますが、子供のときには寂しい思いもしたので、だからこそ子供は母親と父親の両方で育ててあげなきゃいけない、と強く思います」
「うーん、なるほどね」
「子供の時にすでにそう思っていたから、家族といえば自分と母親しかいない環境に劣等感みたいなものもあって・・・。
それで、お父さんがいないということに関して不思議と当時はまったく悲しくなかったんだけど、テレビで他の人のケースを見たりすると、なんかこう、涙が出ちゃったりする」
「それは違う、とは言わないけれど、本当は二人から愛されるべきだっていう、ね」
「そう。だからこの本を見ていると、涙が出そうになる。そうあるべきだよ、子供のときにはそういうの必要だよ、と」
「それは、僕もわかる気がする。僕は高校の時に父親を亡くしまして、父ちゃんのことはすごく大好きだったんですが、本にも『死んだことが嫌いだ』って書いたんです。父ちゃんは早く死んだらいけないよ、ということを書きたかった。
今思えば、父ちゃんは元々体も不自由だったし病気がちだったんで、父ちゃんが働かずに家にいることで家族がぎくしゃくしたりもしたんですけど、今思うと精一杯何かを残そう、伝えようとしてくれてたんだなあって、やっと気付くんですよね」
「『死んだことが嫌い』って気持ち、よくわかりますよね。
子供が生まれたときに、父親には『守らなきゃいけない』っていう感情が強くでるので、この子がしっかり育つまで死んではいけないと思うようになる。自分の体を気遣ったり、お酒をやめたりすることもそうで、守るものができると自分もいたわるようになるんです」
「いいことですよね。自分のことも大切にできるようになるってこと自体、子供からの贈り物かも。
若いときに何かを犠牲にして生きるのもカッコいいですけど、ある程度の年になって、守るべきものの為に安定を目指して生きている姿はカッコいいなって、最近思うんですよね。そういうカッコよさをカッコ悪いと誤解している人にはそうじゃないんだよ、って言いたい」
「本当に、平凡っていうのは大事だよね」
「先生のお子さんは今、何ヶ月ですか?」
「3ヶ月。よくお父さんたちに言うんですが、忙しくて赤ちゃんと接する時間がないでしょうけど、一日に一回だけでも子供に接してください、と。そうしないと、お父さんとしての実感がなかなか湧かないですよね。父親の実感が湧くためには、妊娠したときから参加していくことがすごく大事なんです。
僕の病院では、妊婦検診のときから産むときまで、全部始めから最後まで見てくださいと言っています。もし難産になった場合でも、普通 だと家族は出てもらうんですが、それも全部見てくれと。事後報告だと、すべてが現実味を帯びないというか」
「他人事になっちゃう」
「そう、全部自分の目の前で起きていることとして受け止めると、生まれて来たときに『やっと生まれた』という実感が湧いて、子育てに入り易いかな、と思うんです」
「例えばですけど、高いところに登ろうとしたとき、ある程度のところまで一緒に登ればちょっと間があいても大丈夫だけど、それをしないで一気に垂直な壁にぶつかったらもうお手上げで、その後は全部お任せになっちゃいますよね。
以前、先生の奥様のおなかが大きかった時に触らせていただいて、その時の状態と赤ちゃんが生まれてる状態っていうのはものすごい間があるんだけど、でもあの時なでたおなかにいた子が今目の前にいるんだと思うと、自分ごとのように思えてくる」
「一生の内にそうないことだから、全部関わらないともったいないですよね。そうすれば生まれて来たとき、奥さんに対しての思いも変わり、愛おしくなる」
「そうですよね。こんなにがんばってくれたんだ!と思うと」
「余計、好きになる。赤ちゃんっていうのは、本当に偉大な授かりものですよね。
だから今回の本に描かれている作品を、子供のいないミツルくんが、どういう感性で導きだしたのか・・・」
「なんですかねぇ(笑)いや、もう、想像ですよね。
変な例えなんですけど、スポーツの試合をダイジェストで見たときって、その程度にしか盛り上がらないし、試合の一部始終を見たとしても、それが録画したのを見るんだったら、その程度の感動しかないでしょ。それが生で見ると、自分のものになってる気がするんですよね。
なので、それを体験しないのはものすごく損だな、という気が前からしてたんです。」
「ぱっと生まれて、それで大きくなりました、じゃねぇ。子供は、育っていく過程がすごく愛おしいから。そういう経験を、ぜひ早くミツルくんも、ね」
「いや〜、そうですねぇ〜〜(笑)。でも僕、子供がすごく欲しいんですけど、今書いているようなことが逆に書けなくなりそうで、怖いなって気持ちがちょっとあるんですよ」
「なるほど」
「想像したり日々考えたりしてるからこそわかることがあったりして、実際に僕がパパになったら、そういう発想に限界が生まれるんじゃないかと・・・育児や出産に関しては。でも今回でしっかり書いたから、もういいかな?とも思いますけど(笑)」
「かなりしっかり書いているよね」
「そう。この間うちの兄ちゃんが『子供が生まれたら男がいいな』って急に言い始めて。
『なんでなんで?』って聞いたら『同じくらいに子供産んでさ、四人でゲーム対決しようぜ』だって(笑)。何いってるんだこいつは(笑)。
でもそういうのいいなって思う。兄ちゃんと一緒にああだこうだ、『俺はちゃんとおしめ変えてんぜ』とか言いながら(笑)」
「ライバルとかいるといいよね。一人でやっていると息が詰まるから」
「兄ちゃんとの思い出といえば、ばあちゃんが体壊したときに、二人とも週の半分以上は田舎に帰って介護みたいなことをしてた時期があったんです。
そのときにすごく悲しかったのは、介護っていうのは、成長ではない方向に進んでいく、時間の流れを止められないものだってこと。
で、もし自分に子供が生まれて夜泣きのケアとかができたなら、それは成長に向かっていく、前向きで希望が溢れてる方向に進めるんだな、と気付いた。だとするととても楽しめそうだな、という気がして」
「ミツルくんは夜泣きのケアとか、奥さんよりもマメにやりそうだよね(笑)」
「はい(笑)。でもばあちゃんの介護してるとき、生き甲斐というか、自分が生きている意味をものすごく感じたんですよね。
たぶん世のお父さんたちも、赤ちゃんの世話をすることで、俺は誰かに必要とされてるとか自分がここにいる意味とかを感じられるかもしれない。たぶん、この本を書くときに僕が何かを参考にしたとすれば、そういう介護の経験ですね。
この本の中でも、赤ちゃんが勝手に成長しちゃって、その成長が見れないのは損だよっていってるのは、きっとタイムリミットのあるケアというものをしたことがあったからかもしれない」


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